肝移植者の集い

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5月は結婚記念日の月でした。

夫がケーキとワインを買ってきてくれたのでささやかに乾杯。

19回目の記念日です。

 

記念日つながり・・・と言う訳でもありませんが、

今月、長崎大学病院より

『肝移植患者と家族の集い』という案内を頂き

参加してまいりました。

長崎大学での肝移植手術が200例を超えた記念だそうです。

夫が長崎で肝移植手術を受けたのが14年前になります。

その頃はまだ「特別な手術」という感覚がありましたが

いまでは保険適用にもなり、日常的に行われるものになったんだなぁと

隔世の感があります。

集まったたくさんの方々、もう誰が患者か家族かわからない

ですが、それくらい元気になった人たちがこんなにいるんだなという

感動。そして、それぞれ病名は違えど皆さん、同じ手術を受け、

家族も含めて同じ何かを乗り越えてきた方々なんだな、という感慨。

もう、すっかり昔の事のように毎日過ごしている私たちですが

そうなった幸せをかみしめたひと時でした。

 

2000年夏のはなし

私も当時の事をまとめた記事を読み返してみました。

細かい記憶は薄れている部分もありますが

その時々の感情は今も鮮明に蘇ります。

懐かしい、と言うと胸に詰まるものがありますが

でもやはり、懐かしく さえ、あるのかもしれません。

ちょっと言い難い不思議な心もちになる記憶ですが

それも含めて「たからもの」には違いないと思っています。

 

 

 

立秋

8月7日は立秋だったそうで、立秋を過ぎたら「残暑」になるそうで。

そんなわけで、

『残暑お見舞い申し上げます』

残暑、ねぇ。という割には暑すぎますが・・。

でも言われてみれば、空の雲が もくもく とした形から横に流れるような雲に変わってきた

気もします。

 

それはそうと、蝉の声ってなんで、あんなにうるさいんでしょうね。

五月蝿い(うるさい)という字は 蝿(ハエ) ですが鳴き声がうるさい虫№1はダントツ蝉

だと思います。

「煩い」という意味では蝿だと思いますけどね。

・・・・まぁ、どうでもいい話ですが・・とにかく朝っぱらから蝉の声がうるさくて・・・

暑さ倍増という話です。

 

[閑さや岩にしみ入蝉の声]

 

と詠んだのは芭蕉でしたか。

私は芭蕉の心境にはなれそうもないです。

 

閑話休題。

つまり8月7日は立秋だったわけで、そして夫の誕生日、すなわち

手術日でもあったわけです。

生体肝移植の手術から12年が経ちました。

毎年毎年同じフレーズで申し訳ないですが・・・

 

・・・・・時の経つのは早いなぁぁぁ・・・・

 

あの2000年の夏の長崎も暑かった記憶がありますが、そうそう・・

路面電車を降りて長崎大への坂道を重いデイバッグを担いで汗ダラダラで

ふうふういいながら上った記憶が蘇りました。

でも、実を言うと割と記憶が曖昧なんです。

暑さやその他もろもろ、2か月くらい過ごした長崎のこと、いろいろあったと思うのですが

病院の外の事はあまり覚えていません。

やっぱり私も普通の精神状態ではなかったんでしょうね。

意識が夫にのみ集中していた、というか。

でもまぎれもなく「夏の記憶」です。

きっと、これからも一生、夏が来るたびに思い出すでしょう。

 

先月、夫の移植手術のドナーとなってくれた弟に第一子が誕生しました。

本当にうれしい。

また大事な「夏の記憶」追加です。

 

 

 

10年

気づけば11月。

急に寒くなって、今年は秋が短かったような・・・。

猛暑だ酷暑だ熱中症だと騒いでいたのがつい最近の話みたいですけどね。

                                                                   

                                                                  

録画していたドラマを夫と何気なく見始めたら突然に生体肝移植の話が出てきて

驚きました。

急に親近感、というか。身近な話題というか・・。

                                                                      

今年の8月で夫が生体肝移植手術を受けてから丸10年になりました。

あの頃に比べれば生体肝移植手術も随分ポピュラーな手術になったんだなぁ、と思います。

それでも「移植」となれば脳死移植にしても生体肝移植にしても臓器を提供してくれる

「ドナー」が必要になってくるわけで、そこがやはり普通の手術とは異なってきます。

                                                                    

ドラマの方では主人公の妹が移植が必要な病気なのに自分を含めて肝臓移植のドナーと

なるための適合者がみつからず、親戚中から断られ・・・。

困り果てた主人公がついに、初対面同様の女性の借金を肩代わりするかわりに

ドナーになってくれるという条件で契約結婚をする・・・という。まぁ、ショッキングな展開です。

                                                                   

                                                                  

夫の場合は弟がドナーになってくれ、幸いにもドラマのような辛い展開には

なりませんでしたが、それでも親戚から断られるシーンや主人公の婚約者が

ドナーの話を持ち出され、ついには破談になるというくだりも見ていてなんだか

身につまされました。

                                                               

                                                                 

10年前にドナーとなってくれた弟も、そのおかげで命が助かった夫も

今、とても元気に暮らしています。

幸せだなぁ、と思います。

                                                                  

                                                                

現在の夫は、プログラフ(免疫抑制剤) 1、5㎎ を12時間毎に服用しているだけで

ほかには何も規制はありません。

薬のために毎月通院して採血をする必要はありますが、それこそ体調チェックになるし

一病息災!を目指してます。

先月、手術を受けた長崎大学病院で10周年記念(笑)のCTを受けましたが特に何も

問題はなかったようです。

                                                                  

                                                                    

                                                                

そんなわけでドラマを二人で見ながら

「ビリルビン数値が4であの白目はありえなーい」

「真っ黄色だったよね~」

・・などと細かい突っ込みをいれつつのんきな日常を送っている私たちがいるわけです。

                                                                  

                                                                 

うん。

幸せだ。

                                                               

                                                              

                                                                    

受診と帰省

今年の夏の帰省も無事に行って帰ってきました。

まずは、年に1度の長崎大学病院受診のために長崎へ向けてGO!

そこから、夫の実家である熊本へフェリーでGO!

今回の帰省で子供たちが一番楽しみにしていたのが実はこのフェリーでした。

たかだか30分の船旅なのですが、車ごと船に乗るというのが珍しかったようです。

                                                                

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フェリーでご満悦の2人。

                                                                    

                                                              

長崎大学病院ではいつものようにご挨拶程度の診察なのですが

入院病棟がぴっかぴかに新しく建て変わっていたことにびっくりでした。

まだ正面玄関や受付、外来は以前のままの古~~びた病院なんですが

中でつながっている新しい病棟の方に行くともう、明るくてキレイで・・・。

9年前、何かとお世話になった昔ながらの売店や

なんだかちょっと物悲しい(笑)雰囲気だった食堂も・・・。

それぞれに、売店はローソンに、食堂は小洒落たレストランに変わっていました。

                                                                 

ちょっと、寂しかったりする自分に笑ったりして・・・。

あの売店にいた元気な名物おばちゃんはどこに行っちゃったんだろう。

                                                                  

                                                                

それはさておき、来年の受診予約をして今年の長崎受診も終わり。

来年は術後10周年記念(?)でCTを撮るということです。

                                                                 

                                                                  

                                                                 

                                                                 

残念ながら熊本ではお天気に恵まれず。

晴れたなら清和天文台に星を見に行く予定だったのですが残念です。

それでも雨の合間をみつけて持参してきた花火をしたりして

子供たちはそれなりに楽しく過ごせました。

                                                                  

                                                                 

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福岡に帰ってきたら、もう夏休みもあと少し。

結構あっという間だったわ~という感じです。

この夏はさらに兄弟2人で遊んでくれるようになってそんなに手がかかりません。

でも、ものすごーーく、うるさい、ですけど。

ええ、もうハンパなくすごい騒音です。

はやく静かな日常を取り戻したい。 

                                                                

                                                                

余談ですが、熊本市内で夫の友人である「虫やさん」のところに寄り、

またしても幼虫を頂いてしまいました・・・。

今度は「クワガタムシ」です。

カブトムシの孵化に成功した夫はもうスッカリこちらは満足したようで

今度はクワガタに挑戦のようです。

カブトムシもクワガタムシも似たようなもんじゃないの~~?と私などは

思うのですがなんでもカブトとクワガタとでは卵を産み付ける場所も違うらしく

お世話の仕方も違うらしいです・・・。

                                                                 

一体、何を極めたいんでしょう、夫・・・。

                                                              

                                                                 

と、いうわけですっかり飼い主の愛情をなくしてしまった我家のカブトムシの

幼虫達・・・。

どなたか、要りませんか?

里親募集いたします(笑)

                                                                

                                                                 

                                                                 

                                        

8月7日

今年も今日の日が巡ってきました。

9年前の8月7日。

夫の生体肝移植の手術がありました。

 

                             詳しくはコチラ。(2000年夏のはなし)

 

 

例年3月に行っていた年に1度の長崎大学での診察も今年は子供の夏休みに

あわせて来週行くし、

この時期は特定疾患医療受給者証の更新手続きもあるしで、何かと9年前のことを

思い出します。

 

真夏の暑さの中重い荷物を抱えて高速バスで福岡長崎間を何度も通ったこととか、

病院のベッド脇の汚い床に布団を敷いて何日も泊り込んだこととか。

血液中のアンモニアの数値が上がったせいで夫に意識障害の症状があらわれ

病院内のトイレで和式トイレに洋式と間違えて座ってしまったり、自分の病室に

戻れずに他人のベッドに寝てしまったり。

若い医師が夫に質問する(診断方法のひとつらしい)簡単な引き算が出来ない夫の

姿や、自分の腕時計をジッと見つめ

「ごめん、何時か分からない」

と私に時計を差し出した夫の顔や。

 

退院も間近になってから看護婦さんに

「旦那さんより奥さんの方が先に倒れるんじゃないかと思ったわ」

と笑顔で言われ、自分では普通に元気に過ごしていたつもりなのにと

びっくりしたことも。

 

 

いろいろなことが今となっては笑って話せることになりました。

そうなれた幸運にありがとう。

 

 

このブログを「肝臓移植」などのキーワードで訪れてくれる方もいるようなので

この記事を書いています。

 

今現在、同じ病気で苦しんでいる方や、移植手術が必要な状態にある方、

また実際に移植経験者の方、そのご家族。

環境も経過も手術後の予後も本当に人それぞれで・・・

一概に こうです。 と言える答えはなくて。

何の力になることも出来ないけれど。

 

 

でも その様々な事例のなかの一つには私たち家族のようなものもいる、

という事実だけはお伝えできます。

 

 

 

この先、生きていく上でどんなことがあるのか、夫や私や子供たち・・

もしかしたらもっと辛いことや悲しいこともあるかもしれません。

でも、なんとか乗り越えて前向きに生きていけたらいいな、と思います。

9年前以前の私たち夫婦がそうであったように。

 

 

 

 

今日は夫の誕生日でもありました。

 

またひとつ年を重ねることが出来たね。

嬉しいことです。

 

おめでとう!

 

 

 

 

 

 

長崎大受診

年に1度の「長崎詣で」

今年も無事に行って来ました。

1年経つの早いよなぁ。

                                                                

今年も元気に家族みんなでご挨拶できて嬉しい限り。

先生にも

「どうしましょ、全くの健康人ですね~」

なーんて言われて・・・coldsweats01

7年半前この場所で死にかけていた(冗談でなく)夫の今の姿をあの時に

想像できたかしら。

                                                                   

感謝感謝!!

                                                              

受診を終え、いつものように路面電車に乗り、ちゃんぽんを食べ・・。

帰り道では風呂に入ってきたことも全く去年とおんなじ^^;

違ったことと言えばちょっぴり私も運転したことくらいかな。

車での移動は当然今まで全て夫にお任せだったから

少しは役に立ててればいいんだけど。なにせ、運転できる条件が狭いもので(笑)

                                                             

                                                                 

お天気も良くてヨカッタ。

また1年、元気に過ごせますように。

                                                              

                                                                   

                                                                

余談ですが・・・

路面電車には子供が乗りたがるので乗るのだけど今回たまたま小銭がなく

電車内で両替をしました。

両替をしようと運転士さんのところに行き見回すけど両替機がない・・。

福岡のバスの感覚で当然あると思ってたので一瞬とまどい。

運転士さんにお金を渡して両替してもらうんですね~。

                                                                

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しかも、粉薬が入ってるような紙の袋をハイっと手渡されて・・。

中に50円1枚と10円5枚が入ってました。

トコロ変わればちょっとした違いが面白い^^

                                                                

                                                              

                                                            

めでたい日。

今朝、全員が食卓についた時に今年も夫に言いました。

                                                                  

「43歳おめでとう。

 7歳おめでとう。」

                                                        

8月7日は夫の誕生日であるとともに7年前肝臓移植によって夫が生還した日。

                         (詳しくはコチラ→

実年齢と一緒に手術からの年もお祝いします。

                                                              

また、1年。みんな無事に過ごせてよかったね。

                                                              

                                                           

私の誕生日には花束を貰ったのに私からはサプライズもなくて申し訳ない^^;

今日も多分子供が寝た後にしか帰ってこられない忙しい夫。

仕事はほどほどでいいから身体に気をつけて元気に過ごしましょう。

                                                             

                                                             

                                                          

おめでとう!

                                                          

                                                          

                                                             

                                                                                                                                             

2000年夏のはなし

我家の記録としてここに残しておこうと思いました。
全く私的なメモのようなものなので訳が分からないことも多いし面白くないし長いし^^;
なので読み飛ばしてください(笑)
                                                                                     

                                                                          

「原発性胆汁性肝硬変」(PBC)

これが夫が私と結婚する以前から持っていた病名です。
原因は今もって不明。よって難病(特定疾患)に認定されています。
発症は20代。この病気は中年以降の女性に圧倒的に多く当時20代の男性には
非常に珍しいと言われました。

多くの場合皮膚の痒みや全身の倦怠感などで受診して判明することが多いようです。
夫の場合はたまたま蕁麻疹が出て近所の病院を受診、その際の血液検査で
わかりました。

原因が不明なので治療法も確立されておらず対症療法となります。
夫も発症からこれまで様々な薬を服用してきました。
「新しく開発された薬」「これが効くと学会で報告があった」等々・・。
お医者様も手探りのように感じました。

                                                                        

そのような内科的治療の一方、将来的には『肝臓移植』しかない。
これがお医者様の考えでした。
当時「移植医療」はまだまだ一般的ではありませんでした。
当然の事実のように移植の話をする医者側と私たち患者、家族の間にはかなりの
温度差があったように思います。

でもその時夫の肝臓はあと10年で使い物にならなくなる。つまり移植をしなければ
それがそのまま夫の寿命となる、と宣告されたことになります。

                                                      

「沈黙の臓器」

俗にそう言われるように肝臓は直接痛みを感じないのでかなり悪くなっていても
気付かなかったり通常の生活を送ることができる場合もあります。
夫の場合も発病後仕事も営業から内勤に変わったものの通常通りの勤務を
続けていました。本人が言わない限りは気付かれることもなかったと思います。

病を宣告されてから10年、生来の楽観主義も手伝って普通の人と同じように
楽しいことも辛いことも味わいながら過ごしてきました。
途中から結婚によってそれに加わった私も同じです。

思えば楽天夫婦です。
でもこの楽天的な性格こそが夫の命をつなぎとめたのだと思っています。
多分ネガティブだったら病気そのものよりも早くに精神的に参っていたでしょう。
それほどに病気の進行を意識させる小さな症状は日々増えていきました。

黄疸による顔色の悪さ、特に目の色は見て分かるほどに黄色になりました。
ズボンがきつくなり、太った?なんてふざけたものの腹水によりお腹が膨れて
いるせいと分かっていました。
鼻血が頻繁に出てしかもなかなか出血が止まらないのは血小板が減少しているせい。
皮膚の痒みもひどくなり夫の背中を掻いてやるのは既に日課でした。
その背中にはクモ状血管腫と呼ばれる肝臓病特有の赤い斑点がたくさん
浮き出ていて、日々数が増えていきます。

他にも倦怠感、身体のきつさ等本人にしか分からない辛いことはたくさんあったと
思います。

胃からの出血で救急車で緊急入院しそのまま胃と食道静脈瘤の治療で3ヶ月入院
したこともあります。
肝臓が悪くなると血流が滞り内圧が上昇します。その結果、胃や食道の粘膜に
血液のコブができます。それが「静脈瘤」です。

このコブが破裂すれば大量出血を起こし命に関わることも少なくありません。
夫はたまたま破裂する前に病院に運ばれたので命拾いをしました。

「俺は強運の持ち主」

夫が今もよく口にする言葉ですが本当にそうかもしれません。
そのおかげで私も何度も「未亡人の危機」を乗り越えました(笑)

                                                                  

そんな風に毎日病気と向き合いながら10年を過ごしました。
その間に生体肝移植もだんだんと症例数も増え臓器移植法が制定されて
ニュースで度々取り上げられるようにもなりました。

脳死からの移植の道も考え京都大学まで行き臓器移植ネットワークに待機患者
として登録もしました。

しかしその一年後、夫の肝臓は音を上げたのです。

                                                              

「生体肝移植」

その年の6月急激に悪化した病はもはやとどまるところを知らずあっという間に
抜き差しならない状態になりました。
夜中に何度も主治医の携帯に電話をかけたりかかりつけの病院にタクシーで
急行したり、もう毎日毎夜が緊張の連続でした。

この頃になると夫は「もう移植しかない」と思い極めていたようです。
しかし私はこの期に及んでもまだ迷いがありました。

「本当に移植が最善の道なのか」

当たり前のことですがどんな手術であれ100%成功するとは限りません。
しかも臓器を丸ごと取り出してしまうなんて・・・。

今思えば、単に怖かったのだと思います。
手術によって夫を喪ってしまうかもしれない、という恐怖に取り付かれていました。

しかし主治医の口からこのままだと

「3ヵ月後の生存確率0%」

と聞かされたときに心が決まりました。
このまま待っていたら夫は確実に死ぬ。
それなら生きる道を、生きる可能性がある道を選択するのは当然だ!

                                                                 

7月5日、長崎大学病院に入院。
主治医の先生から肝臓移植専門の良い先生が新しく長崎に来たから、という
紹介をいただき深く考えずに長崎大で手術することになりました。
しかしこの選択は大正解だったのです。

その先生は本当に素晴らしい先生でした。
初めて会った時に信頼感を覚えました。他のスタッフの方々も皆親切で
長崎大にして良かったと思っています。

肝臓を提供してくれるドナーには夫の弟が快く申し出てくれました。
肝臓移植は実は他人でも血液型が違っても可能です。
それを知った時、私は自分がドナーとなって夫を助けたいと強く思いました。
しかし、もちろん血液型が同じでさらに血縁である方が成功率もその後の
拒絶反応を考えた予後も一番いいのです。

しかしどこも悪くない、健康な身体を傷つけ肝臓の一部を切り取ることが
身体的にも精神的にもどれだけ負担になるか、計り知れません。

これは後の話になりますが、私は手術後回復するまでの辛い様子は夫のそれよりも
弟の姿に涙があふれて止まりませんでした。
弟にはただただ感謝しています。

                                                            

「2000・8・7」

この日付を手術日として告げられた時の私たち夫婦の驚きは格別なものが
ありました。
この日は夫の36回目の誕生日。その上私たち夫婦の入籍記念日でもあります。
奇しくもこの日が手術日として選ばれたことに何か運命のようなものを感じ
きっとうまくいく!という確信めいたものを覚えました。

手術日当日、全身を消毒されストレッチャーに乗せられ運ばれる夫を1人
手術室の前まで見送りました。

「がんばって」

軽く手を振り自動扉の向こうに消える夫の姿を見つめていました。
もしも、もしも・・万が一術中になにかあればこれが夫との最後になる。
そんな考えが一瞬でも浮かばなかったと言えば嘘になります。
でもやはり信じていました。

夫は必ず無事に戻ってくる!

手術が終わるのを待っていた時間のなんと長く、そしてあっという間であったことか。
早く終わって欲しい、でも長くかかるのはうまくいっている証拠だ・・。
自分に言い聞かせ、ひたすら待っていました。

全て終了した、と連絡が入ったのは深夜1時半。
朝9時に手術室に運ばれてから実に16時間以上に及ぶ手術でした。
午前3時半にICUへ移され、午前4時半にやっと面会できました。

もちろん夫に意識はありません。ICUの中でも特別に密室になっている部屋に
たくさんの管に繋がれ静かに横たわる夫を隣の処置室のような場所から
ガラス越しに見つめました。

無事に終わった。
胸の内で「お疲れ様でした」と声をかけました。

意識が戻ったのは2日後の8/9でした。
ICUへの面会は午前と午後の一日2回、決められた時間のみです。
9日の午前の面会で初めて意識がしっかりとある夫に会いました。
ガラスの向こうで手を振ってガッツポーズをする夫。
嬉しさがこみ上げました。

同じ日の午後の面会では呼吸器が外れていて声が聞けました。
インターホンごしにまだ発声しにくそうな、でも案外と力強い声が届きました。

第一声は 「大丈夫。」 ついで、「○○(弟の名前)はいますか?」
ドナーとなってくれた弟を気遣う言葉を聞いた時、私は手術後に初めて
涙が溢れました。
夫が帰ってきた。そう思いました。

                                                            

その後、退院するまでも本人が精神的に不安定だったり拒絶反応とみられる症状が
出て夜に急に検査が入ったりといろいろありましたが概ね経過は順調で
9/14、無事に退院できました。

                                                           

それから7年、夫はびっくりするほど「普通」です。
12時間ごとに免疫抑制剤を服用しなくてはいけませんがそれ以外にはほとんど
何の規制もなくお酒も飲むし軽い運動だって大丈夫。
強いて言うならグレープフルーツが食べられませんが^^;
これは薬との相性がよくない為。薬の作用が強く効き過ぎる?んだとか。
ちなみに普通の風邪薬でもそんな事があるらしいので薬を飲んでるときは
グレープフルーツは食べない方がいいそうです。

                                                        

退院後、自宅療養、リハビリを経て仕事を探しはじめました。
(前職は手術の前年に辞めていました)
若くもないし病歴、しかも肝臓移植患者というある意味特異な経歴の持ち主と
なったので仕事が見つかるかという不安はありました。
事実なかなか決まらず夫は焦りでイライラとした日々もありましたが
私は「なんとかなるさ~」と思っていました。
だってイライラするのも生きてればこそ。たった何ヶ月前、死に掛けていたことを
思えばなんてことない、なんだって出来るよ、2人で笑いました。

結局丸2年間無職状態でしたが結構楽しい時間でした(笑)
その後、仕事も決まり生活のペースも出来てきた矢先思いがけず
長男を授かりました。
子供は諦めていた、というか自分は子供のいない人生を歩むのだろうな~と
なんとはなしに思っていたので本当に驚愕の授かりものでした。

                                                          

今、次男も生まれ家族4人。
こんな普通な幸せがくるとはあの頃は思ってもいませんでした。

病気を抱えて生きるのはそれ自体不幸ではないにしてもやはり大変です。
夫の闘病生活を一緒に生きてきて思うこと、学んだこと、辛かったこと、嬉しかったこと
たくさんの経験をしました。

                                                              

生体肝移植に関しては健康な人にメスを入れるという倫理的な問題から
賛否は分かれるところです。
しかし今、夫が生きているのは、私たち家族が子供たちがここに在るのは
この手術のおかげに他なりません。

                                                                

感謝します。
医学の進歩に、出会いに、私たちを支えてくれた周りの方々に、
ドナーとなってくれた弟に、諦めずに戦ってくれた夫に。

今も感謝し続けています。

「普通な日」に。

                                                                

                                                          

                                                                                                

                                                       

長崎へ

長引いた風邪騒動もようやく通り過ぎ、平穏な日々。

                                                             

と、思いきやよしが病後の「甘え病」。

うちにいると抱っこしてるか泣いてるかおっぱい飲んでるか、で片時も離れてくれません。

夜中の授乳も当然のように頻繁だし老母はくたくたです(^_^;;

                                                             

そんなわけで寝かしつけと同時に沈没する日々。

PCに向かう時間も気力もありませんでした。

                                                                

                                                              

でも今日は夫の長崎大学病院診察の日。

朝から家族で出発です。

                                                            

夫は7年ほど前に長崎大で手術を受けておりそれ以来度々診察に行きます。

と言っても近年は身体には問題も無く年に1度か2度

「元気ですよー」という顔見せとご挨拶のような意味合いになってます。

ありがたいこと。

                                                                  

                                                           

                                                           

夫の手術のことは記事にまとめようと思っていますがなかなかまとまらず・・・。

まあそのうちに。

                                                             

                                                             

長崎。

7年前から何度ここに通ったことか。

行くたびにいろいろなことを思い出す場所です。

                                                                             

当時は夫婦2人で。

子供が出来てからは家族で行くのがリー家の決まり。

                                                            

ここ数年は遊びも兼ねて1泊したりしてましたが今回は夫が入社したばかり。

そうそう休めないので日帰りです。

                                                            

                                                              

昼過ぎには診察を終え、たかのたっての希望で路面電車に乗りました。

あいにく雨がぱらつく中電車で中華街へ。

お決まりのちゃんぽんを食べてカステラを買って・・・。

                                                          

長崎だなぁ(笑) Nagasaki

                                                                                                                         

電車の中で「甘え病」よしが最高潮に泣きまくり大変でした。

抱っこしてるのに暴れて泣いて泣いて泣いて。

周りのお客さんにも迷惑だったろうし申し訳なかったけど何をしても泣き止まず。

電車内であれほど泣かれたのは初めてで私も参りました。

                                                          

                                                           

                                                           

福岡への帰り道、夫の思いつきで高速を東背振インターで降りて前にも行った

「山茶花の湯」へ。

                                                                    

Img_0394
今回は「釜の湯」

                                                            

                                                            

・・・極楽、極楽。

                                                       

                                                             

                                                      

     

                                                       

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